グローバルのヒント
グローバル・コネクター
第75回「国内・海外の共通言語はコミュニケーション力」駒井愼二さん
さまざまな分野で活躍する方にお話を伺うインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは知的財産を扱うピラミデ国際特許事務所の代表を務める弁理士の駒井愼二さんです。
木暮 海外とのつながりは少年時代の趣味がきっかけだったそうですね。
駒井 10代の初めごろからアマチュア無線に興味を持ち、中学生のころには最難関である第1級アマチュア無線技士の国家資格を取りました。昇級すると自分から発信できる電力ワット数が増え、音声による会話のみならず欧文・和文のモールス信号による交信で通信対象地域も広がります。狙いは日本から電波伝搬状況の厳しい西アフリカやカリブ海の国々のアマチュア無線家との通信のほか、豪州などの親日家との定期的な交信でした。公共の電波を利用するので自身の英会話レベルは必然的に向上したように思います。
木暮 セメント会社でキャリアをスタートさせます。
駒井 大学で化学工学を学び、当時は「粉体工学」がはやっていたことから地元を母体とする大阪セメントに就職しました。最初は滋賀県の伊吹工場でセメント製造や品質管理の部門で働き、その後、本社でプロセス開発をやっていたところ、財閥系の競合会社と合併することになりました。対等合併という形でしたが、相手の方が規模は大きいですし、社風も両社で異なります。生え抜きの先輩の中には苦労した人も多くいたようです。当時は「知的財産部」に所属していました。次世代に関する最先端技術を保護する部門だったことからやりがいを感じ、「法的思考力」を学ぶことにより弁護士・弁理士の方との連携も円滑に行えました。
木暮 どういうことですか。
駒井 知財の取り扱いは会社ごとに違うため、各種の社内規定を統一する作業が必須です。発明者への報酬や、発明で得た利益に対する対価を決めるなどの「職務発明規定」は特に重要です。合併相手からは部長クラスが交渉に臨んできます。こちらは係長ポストだった私が知財業務の中心となって対応し、人員整理問題を含めて彼らと規定の統一化を行いました。
木暮 30代の中堅社員にとって、知財交渉のプレッシャーたるや。合併後は知財のフィールドも変わりましたか。
駒井 統廃合を経て、東京の本社に呼ばれました。内容もグローバルなものが多くなりました。当時は本業のセメント以外に光ファイバー通信にも乗り出していたんです。本業であれば知識や経験もあって対応できるのですが、非セメント部門ではそうはいきません。後発メーカーとしての難しさを味わいました。
木暮 経営されている事務所の強みとして、コミュニケーションの力を掲げていらっしゃるのは、そのときの経験も関係しているとか。
駒井 つくづく実感したのが、人とのコミュニケーション力の重要性です。光ファイバー通信事業では、日本の大手メーカーと特許に関するライセンス交渉がありました。こちらは、いわば「セメント屋」です。渉外を専門に担う部署はありません。通信に関する技術的な内容だけではなく金額や期間などの条件交渉も自分たちで担当せざるを得ない。コミュニケーション力がないと太刀打ちできないのです。
木暮 厳しいグローバルの現場に自ら身を置こうとされたのですか。
駒井 そんなにカッコいい話でもありません。当時、知的財産部で発明発掘から権利形成を担う業務だけでなく、ライセンス交渉などの渉外部門を担当する役職に就いていたからです。会社の事業が利益を出していても競合会社の知的財産権の侵害で撤退せざるを得ないケースも多々あることから、「事業に貢献する知財」を強く意識して経営陣にも知財の啓発活動を行なっていました。
木暮 型にはまらず独自のやり方で交渉できたでしょうし、結果的に良かったのかもしれませんね。
駒井 そうですね。オーソドックスではない手法をとる一方で、知的財産部のメンバーには「最後のよりどころは法律。専門家として知財に関する法知識は必ず身に付けておこう」とも強調しました。法律という基本を踏まえた上で解決案を出すことが大切です。また、一方で専門家が陥りがちな「法律大好き人間」にならないことも意識しました。知財の世界にいると、細かい規定を知っているがゆえに、企業の開発部や研究所から新技術の特許化を打診する相談があっても、想定される問題点を必要以上に専門用語で強調してしまうなど、ネガティブな発言が多くなりがちです。自分たちが生み出した技術が会社の資産になることを期待していた側からすると、専門用語だらけで難解な説明をされると気持ちがなえてしまうし、相手との溝も感じる。今も事務所のメンバーには「特許化は困難だと思っても相手からの提案をすぐに否定するのではなく、新しい道筋を提案してみよう。相手が理解できるような言葉を使って法律に基づいた内容を話そう」と伝えています。
木暮 同感です。プロジェクトマネジメントの世界でもトラブルが起きた時に、関係者にエンジニアの言葉をそのまま伝えても、多くの場合はなかなか理解してもらえません。われわれは自分たちを「偉大なる素人(しろうと)」という呼ぶことで専門用語を解体し、一般的な言葉に翻訳して経営層など関係者に判断してもらうように心掛けています。
企業での経験を生かす
木暮 サラリーマンを辞めて独立されます。
駒井 50代半ばに差し掛かる中で、とある特許事務所の所長からヘッドハンティングされました。第二の人生としてやりたいことを思う存分やり遂げたい、と感じていた頃でもあり、「定年まであと5年。このままで良いのか?」との思いに駆られ、熟考の末に早期退職しました。その後「知財戦略を提案できる国際特許事務所の設立」という夢を実現すべく1年後に独立しました。
木暮 厳しいスタートだったわけですね。
駒井 顧客開拓のため、知財のニーズがありそうな地域で営業をすることにしました。選んだのは、ものづくりや金属加工技術で知られる新潟・燕三条です。現地で10社ほど飛び込み営業したのですが「うちは難しいです」といった反応がほとんど。職人の技能を知財として登録するという提案に賛同してくれる会社はありません。その日の最後の訪問先が江戸時代から続くはかりメーカーの「田中衡機工業所」でした。そこは各社の反応とは違い、担当役員の方と知財戦略の考え方が一致。面会させていただいた田中康之社長とも意気投合し、早々に顧問契約を結んでいただけました。田中氏は知財への関心も強く、斬新な経営を展開される優秀な方で尊敬しています。
木暮 飛び込み営業でその日のうちに成約とは驚きです。
駒井 新潟・燕三条で初めて営業をする前日に、起死回生のパワースポットで有名な「彌彦(やひこ)神社」で必勝祈願をしました。今もそうですが、営業といっても企業の方と話をする時は「仕事を頂けませんか。弊所の料金はこのように安価です」といった営業はしません。大切にしていることは「御社の知財戦略の成功に向けて私はこう考えます。その実現のために、御社に役立つ特許事務所を設立しました」と経験談を熱く語り、その上で「何かお手伝いできることがあれば一緒にやりましょう」とウィンウィンの関係になる施策を提案するように心掛けています。
木暮 大事なことですよね。対等なパートナー、相談相手として臨む。サービスの押し売りではない。そうした営業スキルはどのように身に着けたのですか。
駒井 企業の知財部で長く務めた間に、国内外のさまざまな特許事務所から売り込みを受けてきました。心を動かされるアプローチから眉をひそめるような手法までいろいろ見ました。今は逆の立場です。自分の事務所を作るときは、これまで見てきた営業スタイルから「いいところ取り」した事務所を作ろうと思っていました。
木暮 企業での経験が結果的に生きたわけですね。海外での特許出願の相談なども手掛けられると聞きます。外国展開の難しさはありますか。
駒井 日本流のやり方をそのまま現地に持っていくアプローチは危険です。現地に合った出願というものがあります。進出先の知財戦略を含めた観点で進めることが重要です。日本企業の中には、海外の特許出願には日本市場での営業力が強い海外事務所や指名された現地事務所を使う例もあるようです。日本は変化そのものをためらう国柄もあってか、指名された事務所を変更する企業は少ないようです。自分で事務所を調べるのはそれなりに骨が折れる作業ですから、忙しい企業としては、当然なのかもしれませんね。
木暮 海外で現地のパートナーを見極めるコツはありますか。
駒井 実際に会って経営ビジョンや知財に対するスタンスを本音で話すことが大事です。特に中国や韓国には友好関係の強い弁理士が多くいます。ギブアンドテークの関係を作るのも重要ですね。海外では日系企業の知財戦略に関する情報が重宝がられます。ウェブ会議も便利ですが、実際に現地に出向いて事務所のカラーを見極めるようにしています。
木暮 つくづくコミュニケーションは大事ですよね。奥が深い。
駒井 事務所のメンバーにはクライアントや海外代理人とのやり取りに関し「ボールはどちらが持っているかを明確にする」「レスポンスはASAP(As Soon As Possible)で期限を明記して行う」「相手の表と裏の要求事項を見極める」といったポイントを強調しています。
木暮 今後の目標は何でしょう。
駒井 「リーガル力・コミュニケーション力・プレゼン力」という三種の神器で弊所の競争優位性を国内外にアピールしたい、と考えています。2025年までの短期目標としては、権利形成、権利活用、調査、コンサルの4事業部を一気通貫で行う持株会社を設立したい。そして30年までには、巨大市場である米国をはじめ、東アジア、欧州それぞれで事業戦略を提案できる「知的財産の総合マネジメント会社」を目指したいですね。(おわり)
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