グローバルのヒント
グローバル・コネクター
第80回「素直に教えを乞う」尾﨑洋平さん
さまざまな分野で活躍する方にお話を伺うインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは大手自動車メーカーで長く情報システムに携わり、現在は自動車メーカー系金融会社で情報セキュリティ部門のアドバイザーを務める尾﨑洋平さんです。
木暮 大学の卒業論文は物流がテーマだったそうですね。
尾﨑 はい、トラック物流です。人間工学に関心があったのですが、大学時代の恩師が物流分野の研究もされていたのがきっかけで取り組みました。しかし学生時代は、勉強よりも楽しかったのは趣味の方でした。もともとバレーボールをやっていましたが、やりたいことが多くて、野球やサッカー、テニスのほか、山に分け入って野宿をしたり未舗装の林道の激走もやりました。社会人になってからもいつも動き回っていて、2人乗りの小さなヨットに乗っていた頃は、車のルーフキャリアにヨットを積んだまま出勤したりしていましたね。
木暮 アクティブですね。就職先はどのように決めたのですか。
尾﨑 物流業界も魅力的でしたが車に強い興味があったので自動車会社を選びました。特にトラックを作っている会社で働きたいと思い、当時自動車メーカーの中でも唯一、軽自動車からトラック・バスまでフルラインナップを売りにしていた三菱自動車に入りました。自ら「トラックに携わりたい」とアピールしたのが良かったのか、希望通り商用車部門に配属されました。振り返るとそこが大きなターニングポイントでしたね。
木暮 ドイツの世界的自動車メーカーのダイムラーと仕事をする機会が訪れます。
尾﨑 ダイムラーの傘下になる数年前、欧州の同業であるボルボ・トラックと協業した時期がありました。学生時代から英語は大の苦手でしたが、幸運にも協業プロジェクトのメンバーに加えてもらえるチャンスを得てスウェーデンに出張しました。それ以前に研修で米国に行った際、通訳を介しても全く話が分からなかった苦い経験があったため、ボルボ訪問時は事前に資料を読み込んだりこちらから伝えたいことをしっかりとまとめたりして臨み、なんとか乗り切りました。その後、ダイムラーと本格的に仕事を始め、日常的に英語中心のコミュニケーションをするようになってからはとても苦労しました。ただ徐々に感じるようになったのですが、専門分野の会話であればやり取りの中から相手が次に何を言ってくるかが何となく想定できる。こちらからも知っている言葉でなんとか返せる。語学力が乏しくても徐々に何とかこなせるようになってくるんですね。一方でランチやブレーク、ディナーなどのオープンな会話の時は次にどんな話題が飛んで来るか想定できず、苦慮しました。英語への苦手意識はなかなか払しょくできずにいたのですが、ある時何か吹っ切れた瞬間があって、こう考えるようになったんです。自分の英語がめちゃくちゃだろうが、相手もこちらの言わんとしていることを一生懸命に理解しようとしてくれている。どんな英語だろうと、とにかく言おう。相手から言われたことが分からないんだったら素直に「分からない」と言葉に出そう、と。会話はそれなりに成り立つし、お互いが相手を理解しようとすれば分かり合えるんだと思ったら、積極的に自分からコミュニケーションが取れるようになりました。そうすると全然、苦痛じゃなくなったんです。
木暮 いい話ですね。「別のステージに行けた」という感覚でしょうか。仕事上の心境に変化はありましたか。
尾﨑 一緒に仕事をしていた、あるドイツ人とはそれまで「ビジネスパートナー」の関係でしかなかったのが、もっと距離が縮まった感じがしました。距離感が近くなると、さまざまな面で幅が広がりますし深みも出ます。相手も同じように感じてくれたのか、その後はその方のドイツのお宅に何度も招待していただくようになりました。
木暮 相手に警戒されたらお互いの関係を深めるのは難しくなります。何か気にかけていることや工夫はありますか。
尾﨑 あまり気を使い過ぎない方がいいのかなと思います。ダイムラーと仕事を始めた当初は、考え方を同じにしなければいけないだとか、いろんなことを考え少し身構えていたんです。ただ時間が経つにつれて、そもそも生まれも育ちも文化も違う人たちが同じになれるわけがない、だったらいろんな考え方や価値観の違いの「いいとこ取り」ができないかな、と考えるようになりました。そう意識すると相手をリスペクトするようになるんです。一方でビジネスの場面では、利害が衝突したり意見がぶつかったりすることがあります。そこでドイツ人から学んだのが、相手を否定しないこと。彼らは会議やワークショップのルールとして「人の意見はちゃんと聞く」「他人の意見に対して反対するようなことは言わない」のを徹底していました。否定してしまうと話が広がらない、考え方を否定しても意味がない、ということを知っているんですね。議論が白熱して別の論点での発言が出てきたときは「それも重要だね。ひとまず検討リストに載せておこう」といったん受け入れる。そういう振る舞いができるように訓練されていると感じました。
はっきりと言う
木暮 ご自身にも「いいとこ取り」をできる素養がおありだったんでしょうね。僕も同じことを感じました。高校の時に米国に留学したり社会人になってロンドンに駐在したり、米国のコンサル会社で仕事をして気付いたのは、海外には「相手を否定しない」「自分の意見が間違ってるかは気にしない」「いろいろな意見があるのは当然で、それを否定してもしょうがない」というカルチャーがあることでした。
尾﨑 議論の内容を理解するまでのアプローチも大きく違うようです。日本人だと会議であまり発言しない人が多い。自分の考えがまとまるまで発言を控えたり、否定されるのをすごく気にする。あれこれ考えているうちに何も発言せずその議論は終わってしまう。一方で欧米は、大した内容ではないことも堂々と発言する人も目立ちます。はたから見るとすごく議論をリードしているように見えるのですが、よくよく聞いてみると議論に役立つような指摘や洞察は少ない。日本人は、一生懸命に議論を理解しようとしているうちに発言の機会を逸してしまう人が多いのに対し、彼らはいろいろなことを会議の中で発言することによって、自分の理解度を高めているんでしょう。
木暮 学校教育も影響しているかもしれませんね。日本だと「正しいことを言わなければいけない」という雰囲気があったり、分かった時は挙手して自分に発言の機会が来るまで待つ。
尾﨑 ドイツ人の上司がよく怒っていたのは、会議で結論が出たのに会議後に個別に反対意見を伝えてくる日本人の姿勢でした。彼からすれば、それは全くフェアじゃない「後出し」。本気で嫌がっていました。ドイツ人にとって、サイレンス(沈黙)はアグリー(同意)です。日本人は必ずしもそうではないですよね。ですから、絶対にアグリーできない時には、はっきりと反対意見を言わなければいけないということを学びました。基本的にドイツ人には「空気を読む、行間を読む」というのは無いわけですから。外国人と付き合うときには、それがグローバルスタンダードだと思わないといけない。そういうふうに自分も振る舞うと同じステージに立てたと感じます。
木暮 すごく同感です。日本のITの世界では、要件定義など何かをやるときに、日本人同士での暗黙知のカルチャーがあるんです。例えば相手がインドだとそれは通用しない。彼らには言われたことだけをやるべき、というカルチャーがあります。インドから「要望通りにできました」と日本に納入されたシステムに不備が見つかる場合、事前に日本側が要件を明示しながら確認をしていないことが多い。インド側は「仕様書のどこにも書かれていない」と。この手の話は本当によくあります。
尾﨑 そういうことを意識していないと、結局は自分が痛い目を見るんですよね。他にも欧米人と日本人との違いで言うと、欧米人はまずやってみよう、という姿勢。時間をかけて計画を立てても計画しているうちに状況は変わるものだから。やりながら考えてうまくいかなければやめたり変えたりすればいい。やってみなければ分からないよね、と。一方、日本人は最初に入念に計画を立てて、その通りに実行するのに慣れている。でも計画しているうちに状況が変わってしまって、いつまでたっても計画を立てること自体が終わらなかったり、そもそも計画段階で頓挫したり。欧米人はもともと考え方がアジャイルなんですよね。この辺の感覚が欧米人と日本人では違い、計画ばかりしていつまでも動き出さない日本人にドイツ人はいつもイライラしてましたね。彼らと仕事をしたおかげで、まずはやってみようという感覚を学べました。
木暮 ダイムラーのような外資の傘下に入った企業の場合、欧米のビジネススタイルが基準になっています。一方、日系のグローバル企業では、日本流の手法を世界の拠点で統一展開するような動きは無いのでしょうか。
尾﨑 例えばトヨタグループでは製造、販売、金融という事業の3本柱があります。金融に関しては、グローバルに展開しているものの、現地法人に多くの自主性を持たせています。その理由は、ビジネスの規模や法規制が国ごとに大きく違うこと、ビジネスが基本的に国をまたがないこと、商習慣の違い、などです。ガバナンスをかけつつも、かけすぎるとビジネスの足かせになってしまうこともあります。いかに自主性とガバナンスのバランスを取るかが重要です。
木暮 実体験から学んだ「グローバルスタンダード観」を同僚の方と共有したり、アドバイスをしたりすることはありますか。
尾﨑 若い人たちにコーチングしているんですが、自ら経験しないと分からない部分もありますから皆さん苦労しています。海外の現場に行く機会を作ってあげたいですね。グローバル本社としての存在感と統率力を示しながら、現場感も持って管理できるのが理想です。現場の事情も理解した上で相手から信頼されるのが大事ですね。事情が分からない中で物を言っても、なかなか受け入れてもらえないでしょうから。ダイムラー時代のガバナンスされる側の経験は、ガバナンスをする側の今の立場においても、それを受け取る相手側の気持ちを想像することができ、コミュニケーションの上で大きく役立っているなと感じます。また、相手と同じ土俵に立って自分なりに理解をした上で話をしながらも、分からないことは正直に伝える。大事にしているのは「悪いけど、分からないから教えて」と自分が相手の懐に入ること。聞けば喜んで教えてくれるんですよ。みんな人に何かを教えるのは嬉しいんですよね。
木暮 いいお話ですね。相手のことを理解しようとする、分からない時には「教えて」と伝える姿勢はすごく大事ですね。僕が尊敬する経営者やリーダーも「分からないから教えてください」と言える人です。グローバルのビジネスで活躍されてきて今後の目標はどうですか。
尾﨑 今はどんどん若手に任せるようにしていますが、海外と直接コミュニケーションができるような環境には今も魅力を感じています。海外経験をお持ちの方は増えていますが、全体としてはまだまだ少数で、苦労されている方も多いはずです。これまでの経験を生かして、例えばコンサルティングのような形で誰かのためになるようなことをしていきたいです。(おわり)
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