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グローバルのヒント

グローバル・コネクター

2022年1月20日

第50回「素直に聞く度量を」山田剛さん

今回のゲストは中東やインドなどアジアの政治・経済に詳しいジャーナリストで、現在は日本経済新聞でシニアライターを務める山田剛さんです。 

山田剛さまProfile2.jpg

木暮 少年時代はどのようなお子さんだったのですか。

 

山田 ひと言で言うとお調子者。クラスでふざけている時に最後まで続けて先生に怒られる子どもでしたね。芸人気質で面白いことを言って友達にウケたい。「みんな知ってる?」って言いたいのですから、ジャーナリストには必要な資質かもしれません。勉強そっちのけでテレビをよく見ていて、大学受験のころ深夜放送の時代劇に夢中になって役者の道も考えました。劇団「無名塾」に電話をかけたら、主宰者で俳優の仲代達矢さんが出られたこともありました。

 

木暮 電話する行動力がすごい。情報を伝える喜びを感じていたということですが、海外志向はあったのですか。

 

山田 全くの国内志向で、海外に行ったのも会社に入ってから。最初の任地が九州でしたし、当時は海外特派員なんて特別な人がなるものだと思っていました。まあ、英語も全然できませんでしたから。 

 

木暮 日経に入ったきっかけは?

 

山田 大学時代はいろいろと失敗があって、入学から卒業まで「トリプルボギー」だったんです。当時、名の知れた企業に入社できるのは2年遅れまでとされ、候補は公務員とか大量採用のメーカーやマスコミなどわずか。ほとんどの学生が就職先としてマスコミを考える早稲田の校風もあって、大手3社に応募しました。最初に内定をくれたのが日経。社長面接では「体は丈夫か?」と聞かれるようなおおらかさでした。

 

木暮 素質があったわけですね。

 

山田 幸い、仕事は楽しくやっています。これまで転職もしていませんしね。インドから帰ってからは長時間労働や神経を使う「切った張った」に疲れたというのもありましたが、南アジアをじっくり研究してみたかったので系列のシンクタンクに出向したところ、英文メディアの立ち上げメンバーとして本社に呼び戻されたというわけです。

 

木暮 英文メディアではどんな仕事をしましたか。

 

山田 企画やトップストーリーを考えて、分野別のコーナーに原稿を割り振ります。メーンの記事には写真や図解も付けるので時間と手間はかかります。海外のフリーライターや現地採用記者に原稿を発注するのも大事な仕事でした。彼らの記事はいきなりエピソードから始まり、英語もしゃれていて「カッコいい」。

 

木暮 英語の世界でも「カッコいい」が?

 

山田 あります。単語の選び方が秀逸で英文が格調高い。「ああ、こういう言い回しがあるのか」と。読み慣れているとはいえ、ネーティブスピーカーではない私のような人間がたまに英語で記事を書くと「あさ起きて、学校に行きました。たのしかったです」なんて、子どもの作文みたいになってしまうんです。

 

木暮 ネーティブの英語にはシンプルな美しさがあり、翻訳チェックを受けたときに目からうろこが落ちる感覚でした。

 

山田 そうですね。自分で書いた英語と比べると違いが如実に分かりますね。子どもの頃から染み込んだカルチャーが違うのでしょう。英語の添削を減らそうと執筆時に頑張りましたが、一生かかっても追いつけないですね。

 

木暮 いろいろな場所に行かれて、文化の違いをどう感じましたか。

 

山田 最初に駐在した中東はイスラム教で、インドではヒンドゥー教というように言葉や宗教は異なりますが、話してみると意外と価値観が似ているのです。人種や民族は違っていても「個人として相いれない」というのはほとんどない。「家族を大事にする」から始まって「お金を儲けたい」や「子どもの教育」「政府への不満」とか、同じところに収れんしていく。

 

木暮 分かります。宗教的なわだかまりはあっても、基本の部分ではあまり違わない。いろいろなところで話を聞いているからこそ言えることですね。

 

山田 例えば「イスラム過激派」にも言い分があって、さまざまな背景があります。基本的には自分が先に相手を攻撃することはない。ベーシックなところで平和な方が良いという考えは共有できている。話せば分かり合えると思っています。

 

木暮 分かり合うにはどうしたら良いでしょう。

 

山田 それほど難しくはないと思いますが「呼び水」は必要です。例えばイラクなど中東の人とは「アメリカはけしからん」という感じで話し始める。少しあざといですけどね。 

 

木暮 相手の心を開かせて「味方だよ」と。

 

山田 それは大事です。敬虔なヒンドゥー教徒のインド人と話すときはまずモディ首相の手腕を評価する。個人的には最近の首相の言動に危うさも感じますが、政治家としては正しい。 

 中印国境のナトゥラ峠(標高4310メートル)で国境警備兵たちと(2008年)-400.jpg

中国・インド国境地帯を取材する山田さん(左端) 

木暮 心にも無いことを言って同意を引き出すのではなく、別の観点もある、という部分を強調するわけですね。相手に応じて話し方を変えたりして勘どころをつかむ。

 

山田 相手がよく分からない場合は2次情報を集めたり、世間話から始めたりしますね。電話でもメールでも良いですからできるだけ現地の人と話す。コロナで現地取材が難しい今はなるべく現地の映像を見るようにしています。動画ニュースを通じて背景やニュアンスも伝わるため、昔よりやりやすくなっています。

 

木暮 聞き方はどうでしょう。

 

山田 取材はこのようにしなければ、という規範はないと思います。記者それぞれのやり方があります。今は企業幹部や官僚の家の前で待っていると通報される時代です。いわゆる「夜回り」で商社の社長などがよく住んでいる逗子や鎌倉の自宅まで行って居留守を使われると、徒労感でぐったりします。最近は「こうした手法はお互いにとって良くないし、来られる方も迷惑だから昼間に会いましょう」となってきました。政治家への取材も携帯やメールでやりとりするケースが増えていますね。

 

木暮 SNSでの発信になると、情報がプライベート化されませんか。

 

山田 企業取材についていえば、ガードが硬くてやりにくくなっています。企業側もメディアを選別したり、表に出すタイミング、そして会社の利益を重視しますし、以前に比べてメディアとの付き合いはかなり慎重になってきていますね。知っていても書けない、というケースもありますし。 

 

木暮 取材される側もプロ化している。

 

山田 まずアポをとって応接間で向かい合い、横にいる広報にメモを取られながら話を聞くのが取材手法の入口。それで名前を覚えてもらって個人的にマンツーマンで会うのが理想的ですが、それがやりにくくなっています。 

試される度量 

木暮 海外取材で心掛けていたことはありますか。

 

山田 海外では一期一会が多くなりがちですが、機会があれば定期的に会うようにしたり、あいさつに行ったりもします。会食はなかなか難しいのですが、出張のたびに会ってくれる人や、その場で電話をかけて知り合いを紹介してくれる取材先もいます。

 

木暮 ネットワークづくりはとても重要ですよね。信頼関係を築く。

 

山田 ギブアンドテークですね。インド政府の関係者から突然「日本の首相のあの発言の真意について考えを聞きたい」とメッセージアプリで質問が来て、それに自分なりの答えを返したこともあります。 

 

木暮 取材は持ちつ持たれつ?

 

 山田 時代に関係なく、そうだと思います。正式決定していないことや、政権・業界内部の感触をいかに教えてくれるかどうかがポイント。その場合は相手の迷惑にならないように記事を出すタイミングは慎重に見極めます。もちろん、こちらからも取材倫理を守りつつある程度の情報提供はします。 

 

木暮 競合他社も意識しますか。

 

山田 「半日でも早く」という特ダネ競争よりは、質の高いコラムや解説記事は他社も含めてチェックしますね。もちろん、英語メディアにも負けてはいられませんし。

 

木暮 海外の場合、横並び意識はありますか。

 

山田 アジアの数カ国の事例しか知らないのですが、いわゆる横並びは日本独自なのではないでしょうか。発展途上国・振興国は業界秩序やランキングも流動的でシェアも固定化されていません。 

 パキスタン・カラチのバルクターミナル(2016年)-400.jpg

パキスタン・カラチ港のターミナルを訪れる山田さん

 

木暮 信頼関係を作るために大事なことは何でしょう。

 

山田 大国の企業幹部や高級官僚を務めている人は人格・識見ともにしっかりした人が多いですね。人を見る目があって油断なりません。くだらないことは聞けませんから、事前の準備や勉強をしっかり。取材時間の3倍ぐらいを使って予習するように心掛けています。その上で、知らないことは素直に頭(こうべ)を垂れて聞く謙虚さや度量が必要ではないかと思いますね。

 

木暮 度量。

 

山田 その道のプロの前で、自分を大きく見せようとしないことです。あまりにレベルが低いのもダメですが。準備は全てコミュニケーションやリスペクトにつながります。できていないことは多々ありますけれど。

 

木暮 印象に残っている取材はありますか。

 

山田 偉い人が気さくな格好で現れた時は良いなと思いました。例えばインドの大臣も、われわれから見れば寝巻きのような姿にサンダル履きだったりすることがあるのですが、そういう場面は緊張が解けていいですね。インドの大企業の社長が直接電話をかけてきて「オレに会いたいと言っているのはお前か?」とか。ただ、逆の場合もあって、官僚がこちらの準備不足を攻めてきたり、「君の考えは違う」みたいな話から始まることも。われわれは常にウェルカムではないので仕方ありません。自分の価値観も入れて書くので否定的な感じになったり、次からアポが取れなくなったりもしますが、そういう葛藤は常にありますね。

 

木暮 全体の論調もあります。

 

山田 相手の意に沿わないことも書かなければいけない。取材対象べったりだと相手は喜びますが読者の信頼を失います。良くも悪くも記者と企業は昔ほど「なあなあ」な関係ではなくなっています。

 

木暮 これからやってみたいことは?

 

山田 セカンドキャリアを模索中です。大学の先生も真剣に考えていますが、就職の世話や企業回りが必須ですからね。しょっちゅう会議もあるみたいですし。高校生相手に出張模擬授業もしなければいけませんし、それほど優雅な仕事ではありません。しばらくはライターの仕事を続けたいですね。(おわり) 

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