グローバルのヒント
グローバル・コネクター
第16回「ビジョンを共有する」マックス市川さん
今回のゲストは、大手家電メーカーの欧米現地法人勤務からカナダ法人社長を務めたのち早期退職し、現在は国際団体公認のプロ・ファシリテーター(会議進行者)として活動するマックス市川さんです。
木暮 ファシリテーターとセミナー講師という2足のわらじ。
市川 ファシリテーターの仕事は週単位でのご依頼が多いです。講師としては赴任前研修などを対面で開催していましたが、コロナ禍で軒並み中止に。7月からオンラインに切り替えて再開し、さまざまな工夫を凝らして挑戦しています。
木暮 大卒で日本の大手電機会社に就職。
市川 中学生の頃からアメリカのライフスタイルに憧れていました。新卒で日本企業に入り、マレーシアやドイツにも赴任しましたが、いつかは米国で仕事をしたいという夢は捨てませんでした。
木暮 念願かなって米国勤務に。
市川 ハッピーだったのは初日だけ。英語が分からない。彼らは当然のように自分のペースで話す。英語を使う時のドイツ人のような配慮もない。「米語」の壁がありました。また米国は「オレがオレが」の人が多い。彼らの自己主張の強さも驚きでした。さらに大きかったのは日本・韓国・中国の全主要ブランドが鎬(しのぎ)を削る主戦場。各社ともに損益的にも大きなプレッシャーを受けながらの戦いが続きました。
木暮 どうなりましたか。
市川 憧れの地での実績は上げられませんでした。米国法人では副社長だったのですが、マーケティング部門をまとめきれなかった。日本流の管理に「マイクロマネジメントだ」と反発する向きがあったのは承知していたものの、力で説き伏せようとしました。当然ながら現場は動かない。ゴールを共有し、チームの力を引き出すリーダーシップが求められていたと今なら分かります。失敗でした。
木暮 職位やポジションがあっても難しい。
市川 ただ、その学びがカナダに移ってから活きました。市場規模は米国の10分の1。今度はカナダ法人の全従業員およそ100人に自分の「ビジョン」を共有することにしました。失敗から学んだわけです。米国に似た国というイメージがありますが、カナダ人は米国人と違ってあまり意見を言いません。アジアからの移民も多く「お互い仲良く」が大事。気を使う文化で「日本ぽい」し、英語も分かりやすかった。社内研修のための合宿に来てくれた友人の米国人ファシリテーターからは「みんなの前でビジョンを30分だけ話したら会場には入るな」と言われました。一方、残った社員には「君たちのミッションは社長のビジョンを実現するために全員が合意できる言葉を考えることだ」と語り、社員全員をまとめ上げ、研修最終日に全員からビジョン実現のためのコミットメントを導き出したのです。グローバルのマネジメント手法を目の当たりにしました。
木暮 コンサルティングでも担当会議のかじ取りは大事。
市川 ファシリテーターの重要性や彼の手腕は深く印象に残りました。50歳で社長に就任し、定年まで残り10年。「そうだ、ファシリテーターになろう」と思い立ったのです。
木暮 人が動くのは憧れや思い入れの強さ。
市川 好きな言葉に「宿命は変えられないが運命なら変えられる」があります。米国滞在は3年間だけですが、マレーシア駐在やドイツ赴任を経てたどり着いたカナダで「生涯現役」というビジョンが生まれました。72歳の今も挑戦を続けており、当時の期待を何倍も上回る充実感に満たされています。
木暮 ファシリテーションの極意は?
市川 解答は常に参加するチームの中にあり、それをいかに引き出すかです。出しゃばらず自分を抑えながら、答えを探し出すお手伝いをするということを心掛けています。
米国駐在当時の市川さん(写真は本人提供)
木暮 文化が異なる参加者がいる場合もあります。
市川 とある部品メーカーの研修セミナーで面白い発見がありました。中国人グループとドイツ人チームでそれぞれ意見をまとめさせたところ、結論の出し方が印象的でした。ファシリテーションのプロセスは「発散」から始まり「共有」を経て「収束」に向かうものなのですが、中国人グループは発散ばかりで一向に進まない。最後まで収束しませんでした。ところが、いざグループ発表の段になると自分たちの代表者発表者は、自論を総意のごとく発表。それを聞いているグループ員は誰一人異論をはさみませんでした。これに対し、ドイツ人は付せんを使いながら論理的に参加者のコンセンサスを導き出します。彼らの付せんを動かしてアドバイスしたところ、文句が出ました。理由は「並べ方が不ぞろいで雑」でした。このように中国はリーダーの発言力が強く、他のメンバーは従う。全員が目指すべきゴール(ビジョン)を決めようとする米国とは対照的です。その中間に欧州(ドイツ)が位置するようなイメージです。一方、日本人は発言量が少ないような気がします。
木暮 米国人は答えが間違っていても堂々としています。
市川 米国のハイスクールで息子は教師から「答えが分かっているのになぜ挙手しなかったのだ」と責められたことがあるそうです。自分の思いを外に出すことが大事なのだ、というメッセージです。米国企業を見ても発想や夢を伝えることで大きな成功につなげています。行動を起こすには発言しなければなりませんから。英語を間違えてもいいんです。大事なのは何を伝えるかです。
木暮 外資系企業にいる日本人も何かのスイッチをきっかけに考え方が変わる人が多いようです。
市川 コロナ禍で言えば、日本人の規律とか親和性とか。大事なのはチームの中に志を同じくする人材を作れるかです。
木暮 夢という言葉がよく登場します。
市川 米国人コンサルタントのサイモン・シネックは、夢の重要性を認識させる言葉として「Why(なぜ)から始めよ!」と訴えています。Whyは夢と同じ。人間は夢があればプロセスも楽しめます。商品やサービスも「それがあなたの生活をどう変えてくれるのか」を訴えかけるものは強いです。
木暮 コンサルの現場も課題解決のみに流されがち。特に若手は「なぜそのアプローチを取る方が良いのか」を説明しきれていない。
市川 新人の育成は教育や社会の在り方が大事です。今後の鍵はダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括)だとみています。この2つを軸にした感性を育てながら、若者には自信を付けてもらいたいです。彼らがまだ気付いていない可能性を広げるお手伝いができればと思っています。業務は終わったのに上司が会社に残っているから新人も残業する、なんてことはなくしたいですね。(おわり)
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