グローバルのヒント
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第52回「頼れる存在に任せる」ケビン・クラフトさん
今回のゲストは日本社会人アメリカンフットボール「Xリーグ」のIBMビッグブルーでヘッドコーチを務める米国人のケビン・クラフトさんです。フジサンケイ・イノベーションズアイでも好評連載中です。
木暮 日本でプレーするまでの経歴を教えてください。
ケビン 米西部カリフォルニア州サンディエゴで育ち、人生をフットボールに捧げてきました。大学でもプレーし2009年にUCLAを卒業しました。最高峰のプロリーグ「NFL」にも挑戦しましたがうまくいかず、プロ選手としてプレーする選択肢がなくなったので就職する準備を進めていると、フランスのチームに入らないかという誘いが知人からありました。「本当の話なのだろうか」と最初は思いました。ネットの情報は少なかったですし、電話で話したのも一度だけ。パリを拠点にアイビーリーグ(米東部名門大学群)の出身者もプレーしていることなどを知り、「1年だけやってみるか」とパリに行きました。フランスは楽しかったです。あと1週間で帰国というときに今の妻にも出会いましたから。
木暮 それはすごい。
ケビン その後、日本でアメフトに携わっていた友人などから「もしプレーしたいなら、コーチを何人か紹介するよ」と声を掛けてもらいました。「なるほど。それも悪くないな」と。そうして話が進み、ビッグブルーから連絡がありました。欧州のレベルは高いとは言えず、あまり真剣な感じがしませんでした。日本に惹かれたのは、優秀で高いレベルのフットボールへの理解と取り組みがあったから。「レベルの高い環境に身を置きたい」という気持ちで来日しました。日本には素晴らしいフットボールがあった、ということだけです。
木暮 チャンスを掴めたのはなぜだと思いますか。何でも「オッケー、行くよ」のようなスピリットがあるわけですか。
ケビン そうでもないんです。先ほど話したように、欧州行きについては当初は懐疑的でした。コーチがどんな人なのかも知らないですし、空港で荷物を持って立っていると「おいケビン、行こうぜ!」と話しかけられ「どこに行くんだ?」と聞いても行き先はさっぱり分からない。こんな世界にいきなり行くのは怖いものです。Xリーグについては、日本でコーチをしていた人たちに話を聞くと「良い経験になる。やるべき」と言われ、「この機会にぜひやってみよう」という気持ちになりました。オープンな性格かどうかは個性ですから、すべての人に当てはまるわけではありません。新しいことに挑戦したいかどうか、だと思います。
木暮 知人から「日本のアメフトを見に来て」と言われるまで国内リーグがあることを知りませんでした。観客は少なかったのですが、選手が躍動していて素晴らしかった。日本はアメフトを取り巻く環境が米国と全く違います。試合や選手を見た最初の印象はどうでしたか。
ケビン 当時のヘッドコーチがシンゾー(山田晋三)さんだったのはラッキーでした。コミュニケーションの面で素晴らしい人でしたし、クオーターバックの能力を最大限に引き出そうとしてくれたからです。シンゾーさんと初めて東京ドームの試合を見て思ったのは「ここには優秀で才能のある選手たちがいるぞ」ということでした。試合も非常に戦略的でした。基本的な技術やテクニックをはじめ、パワーなど成功するのに必要な要素がすべてそろっていることも分かりました。ただ、スタイルとしては少し古い印象も持ちました。シンゾーさんは「望むことは何でもできるよ」と言うので、チームでまだ導入していなかった戦術を取り入れたいと伝えると「いいじゃないか。やろう」と快諾してくれました。
木暮 シンゾーさんとの信頼関係をどう築いたのですか。
ケビン 彼はコミュニケーション能力が高かったし、英語も上手でした。あなたに似ていて本当によく話します。彼の前で入団テストのようなことをしたのですが、特に時間を割いたのはコミュニケーションの方でしたね。
木暮 英語力以外にも何かを感じました?
ケビン 二人とも同じようなビジョンを持っていることが分かったんです。彼は「良いチームにしたい」と思っていて、私というコンポーネント(成分)を加えることでレベルアップできると信じていた。私もそうでした。スポーツチームの素晴らしさも感じていました。成功したいし、競争がしたい。そのための方策についても波長が合い、加入する前から話す時間が十分にとれました。シーズンは長く、試合がない日もミーティングがありますし、話し合う時間が必要です。どのスポーツもそうですが、試合をして終わり、ではありませんから。
チームに指示を伝えるケビンさん(中央)=IBMビッグブルー提供
木暮 そうですよね。僕は少年ラグビーチームのコーチをしていたことがあり、日本でワールドカップを見てプレースタイルの進歩に衝撃を受けました。新しい考え方や戦術をチームに導入するのに苦労も多かったのではないですか。
ケビン 体が急激に大きくなる時に感じる「成長痛」のようでしたね。仲間と1つ1つ進めていき、練習しながら体に入れていくという感じです。シンゾーさんとはよく話し合い、何でも「よし、やってみよう」という感じで提案を聞いてくれました。そうした中で変化が生まれていき、手ごたえもあった。メンバーにはエキサイティングな経験でしたし、「自分もやってみたい」と憧れを持った優秀な後輩たちをチームは獲得できたでしょうね。
テクノロジーの進歩を実感
木暮 話は変わりますが、試合では新しいテクニックや技術をチームに持ち込む半面、フィールドの外では「好きなようにやってくれ」と言うそうですね。文化の違う日本での生活はどうでしたか。
ケビン 今も楽しんでいます。日本は安全で清潔で素晴らしい所です。特に来日1年目はシンゾーさんが時間を割いてくれましたし、日本語を話せる知り合いからいろいろと教わりました。彼らの存在はアメフト以外の生活情報を知る上で非常に大きかった。交通手段なども当初は全く分かりません。今はスマートフォンのアプリがあるから便利になりましたね。
木暮 数年前、ロンドンに連れて行った息子が日本語のアプリを使って現地情報を入手していて感心させられました。
ケビン 私は妻を褒めなくてはいけないですね。日本にいる私を交際中から何度も訪ねてきて、いろいろなところに連れていってくれました。計画を立てるのはいつも妻。「ここに行ってからあそこに行こう」と。私はどうやって行けばいいのか分からない。妻はネットで情報を探して、とにかく行ってみる。
木暮 日本で幸せに暮らしているんですね。現地での暮らし方が分かることは重要ですからね。
ケビン そう思います。入団当初は米国に帰って「日本の生活はどう?」と聞かれると「普通かな」などと答えていました。ところが、毎年日本に戻ってくるたびに良さを実感できるようになりました。物事の理由が分かったり、欲しいものを見つけられたり、コミュニケーションのとり方が分かってきたからです。今はもっと好きになりました。
木暮 友人や親切な人が周りにいたこと、柔軟な心を持っていたことがラッキーだったのですね。
ケビン ネットでは動画配信なども増え、どこでもリラックスして過ごせるようになりました。以前ほど何かに没頭して経験を積まなくてもよくなりました。オンラインのビデオ通話ですぐ両親と話ができますからね。
木暮 外国から日本に来る人にアドバイスはありますか。どうすれば日本人とうまくコミュニケーションをとれますか。
ケビン 日本で子どもが生まれたことは大きな経験でした。子育てをしている人たちと連絡を取り合うようになりました。興味深いことに、皆さん個性的で誰もが少しずつ違うことを経験している。「こういうことはちょっと変だけど、良いことだよね」とか「うちとはここが違うけど、まあいいか」とか、みんなで話し合って笑うことができるんですね。
木暮 相談相手がとても大事だということですね。
ケビン 会社やチームにも英語を話せる人たちがいますが、日本語が分からないと困る場面があることも実感しています。例えばコロナ禍がそうです。「国際線に乗るには?」「PCR検査はどこで受けられる?」「書類は?」のように。SNS(会員制交流サイト)が苦手な私と違って、妻はいろいろなオンライングループに参加して情報を入手してくれました。
木暮 テクノロジーや現地で知り合えたご友人に感謝ですね。
ケビン 入院した友人に代わってお子さんの送迎なども手伝いました。それまでいろいろと日本の情報を教えてもらっていましたから喜んでやりました。日本の友人がいるのは素晴らしいことです。
木暮 今後の計画についても教えてください。
ケビン ビッグブルーがさらに成功することですね。将来的には、米国で指導したいと思っています。NFLではなくカレッジフットボールのコーチに興味があるんです。それが目標ですね。(おわり)
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