グローバルのヒント
グローバル・コネクター
第28回「逃げずに向き合う」矢野浩一さん
今回のゲストは、新日本製鉄(現日本製鉄)で海外パイプラインや海底資源開発用プラントの建設に携わり、現在はマグネットなどを手掛ける東京フェライト製造に勤務する矢野浩一さんです
木暮 1980年に新日鉄に入社されたそうですね。製鉄は国の花形産業です。
矢野 在学中の企業訪問で大学の先輩が「熱い鉄が飛んでくる!」と話すのを聞いて興味が湧きました。商社マンだった父と幼少期に英国で暮らした経験もあり、入社後は海外でプラント建設などに携われるエンジニアリング部門を希望しましたが、原価計算や設備投資の分析などがメーンの経理部に配属されました。それから30歳の時に社内公募制度を利用し、妻子を連れて米パーデュー大学に留学しました。経営学修士(MBA)を取った後はニューヨークで半年ほど研修し、あたかも「ベテランコンサルです」というような顔をしていました。
木暮 帰国後は?
矢野 その後も子会社の支援など10年ほどは国内で企画の仕事ばかりです。海外に赴任していく同僚を横目に見ながら「ほかの部署だったら」「別の会社だったら」と思うこともありました。
木暮 経理や企画も企業には重要な部門。数字を見る能力はとても大事です。
矢野 客観的なデータを基に論理的に考える力や業績の分析などサラリーマンとしての基礎体力を付ける期間だったのだと思います。
木暮 初の海外赴任はロシア。
矢野 石油開発用パイプラインの建設です。現場はサハリンですが、許認可の取得などを担当する事務方としてモスクワへ送り込まれました。ロシア行きについては、全く苦になりませんでした。
木暮 どうして?
矢野 趣味でチョウを集めており、日本にいない珍しい種類に出会えそうだったからです。チョウが現地で活動できるのは夏の2カ月間ほどと短いので、趣味はそれなりに、でしたが、ロシア人の仕事ぶりには感心させられる面が多くありました。エンジニアは優秀ですし、最先端のものを作っていました。仕事で一番楽しかった時期です。
木暮 技術と言えば日本のお家芸では?
矢野 ロシア人は原理・原則に忠実です。採用したロシア発の技術も多くあります。原則論を大事にするのは、アカデミア(学術界)に深みがある文化の存在もあります。日本人はどちらかというと実用化に長けており、経済効率の考えが得意ですね。
木暮 ロシアの印象は?
矢野 高度な教育を受けたインテリたちでした。人情的でもありました。仲良くなると自宅に招いてくれたり、ロシア民謡を披露してくれたりもしました。日本人に対する偏見がないのも交流を深められた理由かもしれません。
チョウを採集中の矢野さん=本人提供
木暮 稼働させるまでも苦労が。
矢野 経理担当として採用した女性はパイプライン計画案を見るなり「2005年に完成するはずがない」と言い放ちました。真っ向から否定するので驚きましたが、工程表を見て判断したのでしょう。実際には予定より2年遅れて完了しました。ロシア進出当初は現地の実情を把握するのにも時間がかかりました。英語に堪能な現地の「事情通」に依頼するのですが、らちが明かない。最終的にプロジェクトが動くのは「仕事ができる人」に巡り合ってからでした。
木暮 英語力はスキルのひとつにすぎない。
矢野 世界共通ですね。書類作成能力などで顕著です。説得力のある文書を着実に仕上げ、役所を納得させられる優秀な人材はロシアにも一定数います。そうした人をいかに見つけるか大事です。一方で納期を守らないくせに言い訳はうまい業者もいます。施主と下請けの板挟みの中で、工期や収益を管理するのには骨が折れました。
木暮 解決できましたか。
矢野 余計な出費がかさむ結果となり、対応が甘かったかもしれません。施主からも「下請けへの対応が手ぬるい」と指摘されました。
木暮 ロシア事業は07年に完了。
矢野 不思議なもので、知らないもの同士の寄せ集めだったはずなのに、集団としての目標を達成しようとする姿がありました。仲間がそれぞれの個性を出しながら、自分なりのやり方で役割を全うしたからでしょう。共にやり遂げた感がありました。
木暮 ワンチームですね。
矢野 秘訣は目的を明確にすることです。裁量を与えれば、多少リーダーが頼りなくてもある程度は進みます。人間には、自分の属する集団の目的に沿って行動しようとする本能があるのかもしれません。
木暮 一方でスタッフの管理には課題も感じたそうですね。
矢野 優秀だったロシア人女性に高額の給与を支払い、裁量を与えてかなり任せました。彼女の仕事の進め方にはハラハラさせられる所も多かったですが、大手コンサルを雇わなければ決して対応できないと言われていた複雑な税務問題などもやり遂げてくれ、大きな経費削減にもなりました。裁量を与えて仕事を任せるのはジェットコースターに乗るようなものだと思いました。怖いだけでなく、乗ったら最後、降りられませんからね。しかし、いくら任せても不正に関してはNoと言い続けなければなりません。
木暮 今度はタイへ。
矢野 企業の規模が大きく「現地に任せきれていないのでは」と思いました。現地法人には日本人が20人ほどいたのですが、本社からの相談に対して日本人だけで話し合ってしまう。何度もやめるように注意したのですが、徹底できませんでした。
木暮 計画を重んじる日本のやり方を採用した?
矢野 言葉の問題だと思います。英語でやり取りはできるはずなのですが、楽な日本語に流れてしまう。
木暮 現地で信頼を築くにはどうすればいいでしょう。
矢野 キーパーソンを見つけることです。うまくコミュニーションが取れることも大事です。タイでは細やかな心配りができる経理課長にいろいろと助けられました。男性にしては女性の心理が分かり、統率力もある。妻や娘を含め女性のことが分からない性分ですから、大変ありがたかったですね。
木暮 コミュケーションは永遠のテーマです。
矢野 最後は向き合って本音を話せるかどうかです。仕事をしているといろいろな事件が必ず起きますが、そういう時はチャンスでもあります。問題から逃げないで一緒に乗り越えていく事で、信頼は築けるのではないかと思います。そこに国境はないはずです。(おわり)
※「グローバル・コネクター®」の更新をはじめ、当社からのメール配信をご希望の方はこちらから登録をお願いいたします。