グローバルのヒント
グローバル・コネクター
第70回「正しいあうんの呼吸を」村瀬俊朗さん
さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストはリーダーシップやチームワークの研究者で現在は早稲田大学商学部で准教授を務める村瀬俊朗さんです。
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木暮 高校卒業後に渡米されたそうですね。
村瀬 転勤族の家庭に育ち、14歳で生まれ故郷の東京に戻ってきました。両親は大学に進学すると思っていたようですが、それほど勉強が好きじゃなくて受験する気が起きませんでした。米国は大学に入ってから徐々に専攻を絞るという話を友人から聞き「18歳で進路なんて簡単に決められない。米国の方が良さそうだな」と感じました。
木暮 10代の若者にとって米国は刺激が多かったのではないですか。
村瀬 宗教が身近にあることが驚きでした。サンフランシスコから車で2時間ほどの場所にある人口20万人足らずの町に住んだのですが、カリフォルニア州でもキリスト教の熱心な信者が多い地域。至るところに教会が建っている。日本で思い描いていた「ビバリーヒルズ高校白書」の光景とは全く違っていました。概念としての宗教しか知らなかったので、信仰が広がった背景など興味が湧いてきました。キリスト教徒だったホストファミリーのご主人に尋ねると「トシオは改宗しないだろうが、新しいものを見るのはとても重要なことだ」と知り合いをいろいろと紹介してくれて。おかげで毎週日曜日は教会まで1人で出掛けたり、米国で大昔からの伝統的生活様式を保持し続けるコミュニティで暮らす人たちと交流したりできました。
木暮 どうでしたか。
村瀬 目的地まで車で乗り付けて、リラックスして教会の扉を開けた途端、ミサの最中だったことが分かりました。質素な伝統衣装に身を包み、祈りをささげていた彼らから一斉に注目を浴びました。「これは場違いだったかも」とひるんだことを覚えています。ただ、受験勉強だけでは分からない広い世界があることが知れた良い経験でした。
木暮 その行動力も素晴らしいですが、紹介してくれたホストファミリーの方も素敵ですね。
村瀬 はい。周りの支援があってこそ、ですよね。まだ18歳で右も左も分からなかったのが良かったのかもしれません。あまり下調べをしていなかった分、偏見や固定観念を持たずにいろいろな人と話ができた。宗教ひとつとっても全く違う世界がある。価値観というのは本当にさまざま。物の見方というのはコミュニティで暮らす人によって異なっていて面白いと思いました。
木暮 生活に根付いた探求心があったわけですね。大学ではどうでしたか。
村瀬 当初は心理学と数学に関心がありました。進路を心配した父に数学を学部専攻することに反対されて心理学に絞りました。自分にはカウンセリングよりも実験や研究の方が向いていることが分かり始める中で「ビジネスにおける心理学」の存在を知り、さらに研究を続けました。
木暮 仕事は人間がやるものですから、当事者の感情や気持ちというのはとても大事なはずですよね。僕たちがお客さまのプロジェクトに入って、メンバーを励ましたり説得したりするのは、そういう役回りが必要だと気付いたから。僕も早く勉強しておけばよかった。
村瀬 大学院では「産業組織心理学」という領域を研究しました。この分野は軍人の育成とも関係があります。戦争が続いた20世紀前半は優秀な兵士の確保が急務。優れた人材の特長を調べ、徴兵に対する科学的な訓練方法を開発する必要がありました。そのため、軍が民間に研究を依頼して発展した経緯があります。その後、研究員として赴任した大学では、デジタル上でのやりとりが組織レベルでどのような影響をもたらすかというテーマや、デジタルのやりとりが現実世界でのコラボレーションにどうつながっているかを研究しました。
デジタルはリアルの一部
木暮 デジタルでのやり取りは難しさも感じます。チャットのメッセージは便利な反面、文面の受け取り方が人それぞれで、火種になることも。
村瀬 デジタルゆえに起きてしまう問題も増えています。それにどう対応するかも面白いテーマです。チャット上でつながっている人同士はリアルな世界でも大抵つながっています。デジタルとリアルの世界は表裏一体の部分があります。例えばオンラインゲーム。本来であれば誰とでもプレーできるはずなんですが、実際は現実社会で仲が良い人たち同士がオンラインでも一緒に遊ぶ傾向がある。メールやチャットも誰とやり取りするかが重要。リアルの世界で会話している相手とはチャットでも話す。リアルの世界はデジタル世界を含める形になっていて別々に離れているわけではない。デジタル世界を分析する方がリアルタイムで人の動きが見えて面白いですね。
木暮 グローバルな観点ではどうですか。
村瀬 部署間の連携をどう可視化していくかが重要です。リーダー同士が話していないと部下同士もつながりにくかったりします。リーダーのつながりを可視化するだけでも、部署横断的なコラボレーションを進めるきっかけになる。
木暮 なるほど。問題が起こる時というのは上司同士がぎくしゃくしている場合もありますからね。可視化というのは「データとして」見えるようにする、という意味ですか。
村瀬 そうです。本当に無数の線が人をつないでいる状態が見え、どう動いているかが分かります。例えば2つのチームが単独でつながっているだけではすごく弱いんです。その人が忙しくなってしまうと情報が他のところに行かなくなるから。部署をまたいで多くのメンバーがやり取りしていると、線が太い状態になる。組織のしなやかさが生まれ、集合体として機能する。
木暮 社員には「面で強くなろう」と話しています。上手くいくプロジェクトというのは、みんなが面で活躍できる。その面が多重高層化していくと簡単に話が進んだりしますね。
村瀬 「暗黙知の共有」は大きなテーマです。各部署が保有している知識やノウハウを、いかに探して言語化するか。単独で連携している状態だと、当人同士の理解に大きく委ねられてしまう。複数でつながっていると、いろんな解釈ができて、連携に厚みが出てきます。
木暮 問題を抱えているケースの多くは、当事者同士が点でしかつながっていない。面でつながっていたら、もっと理解が増えそうですね。
村瀬 小さなコミュニティのほうがメンバー間で多面的につながりやすく、否応なしに組織が固まることもあります。メンバー同士で歯止めがかかる仕組みですね。
木暮 あうんの呼吸についてもお考えがあるようですね。
村瀬 自分たちの常識を疑いながら、良いチームについて議論した上であうんの呼吸が生まれるのが大事です。何の説明もなく「背中を見て学べ」ではいけない。忖度(そんたく)した中で生まれるのはいわば「悪いあうんの呼吸」。議論しながらお互いの理解を深掘りし、働きやすいルーティンを作る。人間が処理できる情報量には限度があります。チームの中で細かくコミュニケーションを取り過ぎると、そこに「認知資源」が割かれてしまい、投入すべきエネルギーがそがれる。毎回「これでいいんだっけ?」と確認していると目標にたどり着く前に疲れてしまいます。コミュニケーションにかかるコストがいつまでたっても抑えられず、チームとして機能しにくくなる。
木暮 良いあうんの呼吸と悪いあうんの呼吸、面白いですね。今後の目標はありますか?
村瀬 われわれの大学院から巣立っていった研究者はまだ十分に社会で重宝されているとは言えません。知識が社会に貢献できることをまずは自分が手本となって示したい。それと同時に後進を育て、社会にいろいろと還元できる人材をもっと増やしたいですね。(おわり)
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